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幽王 (周)[ゆうおう]
幽王(ゆうおう)は、周朝の第12代の王。宣王の子。平王、携王、太子伯服らの父。 前780年、関中で大地震が発生し、伯陽甫という人物が周朝滅亡の前兆と唱えたが、史書の記録では周朝の国勢の衰退期であったことは確実である。褒姒が後宮に入り幽王の寵愛を受け伯服を儲けている。幽王は正室であった申后及び太子宜臼を廃し、褒姒を后に、伯服を太子に立てている。 褒姒は笑うことをしなかったために、幽王はさまざまな方法で笑わせようとしたがいずれもうまくいかなかった。しかし絹を裂く音で僅かに微笑んだことで国中の絹を徴収し裂き、更には烽火を用いて諸侯を集結させると褒姒が笑ったことから、しばしば戯れに烽火を用いて諸侯の信頼を失い、烽火を用いても諸侯が集結することは無くなったという故事がある。また幽王は阿諛追従に長け王族でもある佞臣の虢石父を卿に任じ、国人の怒りを買っている。 これらの失政に廃后、廃太子の件もあったことから、申后の父である申侯の恨みを買い、申侯は西夷犬戎と協力して幽王を攻めた。この時、幽王は烽火を以って救援を頼んだが、すでに諸侯で幽王の下に馳せ参じる者はいなかったという。幽王は驪山で殺され、褒姒は捕らえられて行方不明となり、ここに西周は滅亡した。 幽王崩御後、諸侯と申侯は廃太子となっていた宜臼を平王として即位させ、周祀を司らせた。しかしこの兵乱により鎬京は破壊されていたため、平王は東の雒邑(洛邑)へと遷都し、東周が始まることとなる。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「幽王 (周)」の詳細全文を読む
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